日税連ご案内日税連こんなことも中学生「税についての作文」日本税理士会連合会会長賞(平成23年度)平成23年度は、7,105校から561,537通の応募があり、以下の12名が日本税理士会連合会会長賞に選ばれました。 (順不同・敬称略)
日本のための税佐藤好(北海道・札幌市立月寒中学校) 様々な場面でよく、「税金の無駄遣い」という言葉を耳にします。具体的にどのようなことが無駄遣いに当たるのか。そのようなことを考えているとき、社会の公民の授業の中で私は「若者の政治に対する関心が薄れ、選挙における投票率が低下している」という話題に興味を持ちました。 内容としては、二十歳から三十歳代の若い年齢層の人の中には選挙について、「投票に行くのは個人の自由」との考え方を持っている人が約三割もいて、その考えが投票率の低下につながっている、というものでした。 私はそのあと、選挙について調べてみました。すると、選挙と税は深いかかわりがあることがわかってきたのです。 投票や選挙活動を行うためには、お金が必要です。そのお金の一部にも、税金が使われています。その内訳は、ポスター代、投票所の運営経費、選挙カーの使用代、投票用紙代など様々で、多額の税金が必要となります。これらは選挙になくてはならないものばかりなので、選挙を支えているのは、主に税金である、ということがわかります。多額の税がかけられている選挙に参加しない、ということは、「税金の無駄遣い」と言えるのではないでしょうか。 税があってこその選挙、その選挙は国を動かす国民の代表者を決めるものです。このことから、税は実質、日本という一つの国家を形成するために必要不可欠なものであると私は思います。 また、税金を無駄にしないということは、「税をかけるべき事柄を明白にすること」にも関連してくると思います。 三月十一日、東北地方を襲った大きな地震と津波で、街は壊滅状態にまでなりました。あれから数ヵ月が経った今、全国からの支援が多く集まり、復興への兆しが少しずつ見えてきましたが、まだ被災地は建物のがれきが残っている現状を、テレビの情報番組などでは今も取り上げられています。一刻も早く、元の活気あふれる日本に戻るためにも、「税金をかけるべき事柄」は、被災地の復興の他にないと思います。 これまで、「税金の無駄遣い」のことと、「税金をかけるべき事柄を明白にすること」について述べてきました。このどちらにも言えることが、「税とは何の為にあるか考えなければならない」ということです。私も将来社会に出て税金を納めることになったとき、何の為の税金なのか、という点を考えながら生きていきたいです。 税金への感謝宮崎凌介(秋田・秋田市立桜中学校) 税金は、みんなで助け合ったり、いざという時に使うことができるようにみんなで少しずつ貯めていた貯金のように思える。みんなで力を合わせる協力の精神が生んだ物のように感じられる。 僕は生まれた時から、たくさん税金にお世話になっている。僕は未熟児で生まれ、未熟児養育医療給付が適応になり高度な治療を受けることができた。もし未熟児養育医療給付という制度が無く全額個人負担になると、約三百万円かかっていたそうだ。僕はこの話を聞いてとても驚き、税金のありがたさを実感した。その後も人一倍病院にお世話になっていたので、その都市の制度により子供の医療費が低額で済み、安心して通院することができたという話を聞いた。医療制度という税金の使われ方によって僕は助けられ、健康に生活できるのは、みんなが納税という助け合いを行っているお陰だと思う。この制度に僕は税金の使い方一つでたくさんの人を救うことができ、毎日不自由なく生活を送ることができ感謝をしている。こうして僕の家はあらゆる制度により助かっているのだ。 こうしてたくさんの人々が僕と同じように税金によって助けられている。税金があることで、「感謝」「助かった」「ありがとう」と感じられる人がたくさんいることは、とても素晴らしいことだと思う。こうして税金を通して助け合いの精神を築き、素晴らしい社会を作っているのだと思う。そしてその社会は次の世代に受け継がれ、さらに発展していくのだ。 だが、その社会に八百兆円以上の膨大な借金があるのだ。家庭の負債額にすると千七百万円以上もある。返すメドさえ立たないこの借金は、これからの僕達に付回しされていきこれから借金はますます膨んでいく。もしこのまま膨らんでいったら僕の様な人に医療制度が適応されるのか、老後の年金は減るのではないだろうか、これまで当たり前だった公共サービスや公共施設のありがたさを、その時初めて実感するかも知れない。だから現役世代にはこの異常な国家財政に対する責任があるのだと思う。そして国の借金を強く意識する必要があると考える。 今の日本では助け合いの精神が薄くなっているように感じられる。膨大な借金がある中で消費税引き上げに対して反対の人も多くいる。でもそれは後に何らかの形で自分に帰って来るのだと思う。だから今は税金でどのように日本の制度や借金を変えていくのかが大切か考える必要がある。 僕は、いかに自分の生活が税金によってサポートされているのか、という事を学んだ。その税金をいかに有効に使い、これからの明るい日本を作り上げるかが、将来の自分達に大切な事だと思う。そして、そのためにも税金の重要性を十分に理解して、快く納税する一人の社会人になりたい。 税金と命磯部友香(埼玉・越谷市立光陽中学校) 「どうしよう。間に合わない。」祖母との約束の時間まであと二十分。いつも両親と車で行っていたので、駅から日赤病院までの道のりに自信がない。しかも、大宮駅は広すぎて出口すらわからない。「地図かこうか。」と言った父に、「もう中一だし、お姉ちゃんと行った事があるから大丈夫。」と胸を張ったことを後悔した。天気予報では、「三十度を下回り、過ごしやすい一日になるでしょう。」なんて言っていたが、ドキドキして汗が滝のように背中を流れた。すると突然、「どうしましたか?迷っちゃったのかな?。」振り向くとそこには、警察官の姿。焦りすぎていた私は、近くの交番すら見えていなかった。病院までの近道を案内していただいている最中、「税金を無駄遣いするな。」と大声をあげ、お酒臭い男性が入って来た。警察官は、「この辺は、昼間でも酔っぱらいがいるから気をつけて病院まで行くんだよ。走れば間に合う、頑張って。」と言って見送ってくださった。近道のおかげで、約束の時間より三分早くリハビリ室に到着した。 祖母は、悪性関節リウマチという病気で入退院をくり返している。定期的な診察やリハビリにより、今の祖母の生活が成り立っている。枯枝のような細い腕に力を入れ、手すりにつかまり、足を一歩ふみ出すだけでも足腰はもちろん、全身に痛みが走るらしく、歯をくいしばり顔をしかめ、それでも前進する姿を目の当たりにし涙がこぼれそうになった。「友香が応援してくれたから、今日はいつもよりたくさん歩けたよ。この病気は、原因不明で完治はしないけど、治療費は国が負担してくれているの。みんなの助けで、おばあちゃんは生きているのよ。ありがたいね。税金を無駄にしないように頑張らなきゃね。」と祖母は言った。 リハビリが終わった頃、母が私達を迎えに来た。帰りの車中でおじがガンで入院することを知った。母は「健康診断のおかげで、早期発見できて本当に良かった。」と言っていた。そう言えばつい最近私と姉は子宮がんの予防接種を受けた。案内用紙には費用無料と書いてあった。医療の面からみても予防、発見、治療と私達の健康は税に守られている。交番の設置も安全な生活に不可欠だ。私達のくらしは税と切り離すことが出来ないことを実感し、交番で会った男性の言葉を思い出した 国会中継で、居眠りをしている議員さんにショックを受けたが、私自身はどうだろう。恵まれた学校生活を当り前だと思い感謝の気持ちを忘れ、「学校に冷房があれば良いのに。」と言って、下じきをパタパタさせた自分をはずかしく思った。時間割の勉強だけでなく、新聞もしっかり読み、政治や経済、海外にも関心を持ち、二〇才になって選挙権を得た時国民の声をしっかり国会に届けてくれる方に自信をもって一票を投じることのできる大人になりたいと思った。 納税と福祉大塚美香子(千葉・千葉市立稲毛高等学校附属中学校校) 私は以前、書写の学習で「納税と福祉」という字を半紙に書いたことがあります。そのときは言葉の意味をよく知らないままに書いていました。作品を出品して、私は「納税」、「福祉」のそれぞれの意味が気になり辞書で調べてみました。「税金をきちんと納めること」、「公的配慮によって社会の成員が等しく受けることのできる安定した生活環境。」、というものでした。 今、私たちの生活の中でこの二つのことはきちんとなされているのかを考えました。 現代社会において、国家を成立させ、それを維持し、運営していくためには多くの費用が掛かります。そのため、国家を運営するために必要な経費は、税金を通して国民が負担するという義務があります。私はこの税金の仕組みを知り、物を買うたびに少しずつ払っている消費税に責任感を持つようになりました。 しかし昨今、税金の滞納についての報道や所得隠しをしている国民がいるという報道が何度かニュースで流れました。「納税」の義務を放棄している人たちがいることに私は強くショックを受けました。 私はあと半年で九年間の義務教育を終えようとしています。ふり返ってみると、何十冊の教科書を使って勉強できたことや楽しい仲間との日々を当たり前のように感じていました。でも税金はその教育費用にも多く使われていることを知り、とても驚きました。 また、父から普段の生活は税金によって出来ているものに囲まれていることを聞きました。自分が小さい頃に遊んでいた公園や毎日通っている学校、道路や交番など税金は私達の暮らしを支えてくれる身近な存在であったことに、嬉しく思いました。 同時に、日本国民誰もがお世話になっている税金に関心を持つようになりました。 税金は災害による被害の復旧の費用にも使われています。例えば、二〇一一年三月十一日に起きた東日本大震災の復興にもたくさんの税金が使われ、東北の人たちの大きな力となっています。自然災害は突然起こります。私たちが毎日少しずつ納めている税金がいざというときの助けになっていることに感動しました。 日本は資源の少ない国です。だからこそ他の国よりも、「物を大切に使おう」という意識を強く持たなければなりません。みんながきちんと当たり前に税金を納め、今日から未来に向けて行動しなければいけないと思います。たった五パーセントだからこそ一人一人の協力が大事なのです。 「納税と福祉」を半紙におさめるように、バランスよく私たちの生活に税を活用してくれたらいいなと思います。 税=共生社会の「核」本田侑己(福井・北陸学園北陸中学校) 去年の夏、僕は交通事故に遭った。すると、周りにたくさんの人が集まってきた。その中に救急車を呼んでくれた人がいて、救急隊員が駆けつけてきてくれた。これを至って当たり前の事と思っていたが、よくよく考えてみると、電話をしただけで救急隊員がすぐに駆けつけてくれるなんて不思議な話だ。また、その後病院に運ばれ治療を受けたのだが、医療にかかった費用を全て負担する必要がなかった。僕はこの二つの事について疑問に思った。 そこで、僕はこれらの事についてお父さんに聞いてみた。すると、救急隊員が駆けつけてくれるのも、医療費を全て負担しなくてもいいのも、僕らが税金を納めているからだということが分かった。僕はこれを聞いて、このような公共サービスを利用するのに、税金は重要な役割を担っていることが分かった。 これをきっかけに他の身近な税金の使い道についても調べてみた。すると、普段僕たちが使っている教科書も税金によって無償で提供されているものだと分かった。僕はそれを知って、この教科書にはたくさんの人の思いや期待が込められているものなのだと実感した。そして、この事の発見によってこれからはもっとこの思いを大切にしていきたいと思った。 世間では、税金と聞くだけでため息をついてしまう人も多くいると思う。その人達は、税金はお金を払わなければならないという物理的な負担を強いるものだと思っているのだろう。しかし、公共サービスを利用する際に、一部負担を和らげてくれるし、精神的な安心も得ることができる。例えば、近日起きた東日本大震災がいい例である。この震災では、とても大規模な被害に見舞われたが、税金によって大型の重機によるがれきの撤去や、犠牲になった人達を救うことができ、復興に向かって駒を進めている。これを可能にしたのは、普段国民から納められた税金である。 しかし、もし税金という仕組みが無かったら、確かに普段さまざまな税金を納めることはないであろうが、さまざまな事故や震災等の被害に対する援助もないでしょう。このようにしてみると、税金は一人ではできない、現実にはできないことを実現させる「力」のようなものだと思う。 僕は、共生社会の「核」たるものが税金であると思う。常に安心して暮らせる社会、そして支え合う精神にあふれた社会、それらの中心であり、それによってより豊かに日常を送れる社会を築いていってくれると信じている。だから、税に「抵抗」を持つのではなく、税に「感謝」や「期待」を持って、これからは納税できるようになりたい。 将来への貯金庄司光(愛知・豊田市立朝日丘中学校) 「警察をよぶことができない」この事実には驚きました。僕たちのことを守ってくれるのが当たり前だと思っていた警察が、税金のない世界では、お金をたくさん払わないと助けてくれないなんて…。 僕は、学校で租税教室の授業を受けました。税金の中でも、実際に払うことのある消費税のことは少し知っていましたが、その消費税もコンビニで何かを買ったときぐらいにしか払いませんし、その額もわずかなので、今までは税金がどう使われていようと知ったことじゃない、という感じでした。 でも、その使われ道が分かっていくうちに税金のすごさを感じました。警察をよべる、教育を受けられる、火事を消してもらえる、これらは全て税金のおかげで成り立っているものです。逆にいえば、税金がなければ僕をふくめてほとんどの人が、今まで当たり前だと思っていた生活をおくることはできないのです。そう考えると、こんなすごいことをしている税金を消費税だけですが、納めていることに誇らしさを感じました。 僕の親はたまに「税金、とりすぎじゃないか」そう言うことがあります。大人になると所得税やなんやらで払う税金の種類は増えるといいます。しかし、払った税金に見合うことは必ず自分のみえないところでおこっています。いや、それ以上かもしれません。 でも、税金をとられている、そう考えると払いたくないもののように感じます。だから僕は、こう考えることにしました。将来への貯金、だと。貯金をするときに、嫌な思いをする人はいないと思います。その貯金が、将来してくれる事の大きさを分かっているからです。 僕が今、何かものを買って消費税を払ったとしても、それがすぐに僕に対して何かをしてくれるわけではありません。そのお金は将来の、そして次の世代のよりよい環境のために生かされていくのです。また、この何気なく過ごしている生活は、僕の親が、そしてその親がつくってくれたものでもあります。自分だけがいいことをしてもらってばかりじゃだめですしね。 今この国では、少子高齢社会が進展し、国力の衰退が懸念されています。だからこそ世代を超えた貯金でもある税金の役割が、ますます重要になってきていると思います。子どもから老人まで、みんなが納得する集め方を考えていくことが必要です。 また、千年に一度の大災害といわれる東日本大震災でも、復興のため我々国民がみんなで貯金=納税していくことの意義を感じます。 今回の租税教室は、税金のことを考えるいいきっかけになりました。そして大人になって多くの税金を納めることになっても僕は、快く税金を納めていると思います。なにせ僕は、貯金をしているんですから。 ふるさと納税について林愛(大阪・八尾市立龍華中学校) 私は、税について調べていくうちに"ふるさと納税"という言葉に興味をもったので深く理解しようと思いました。 まず、この"ふるさと納税"とは新たに税を納めるものではなく、ふるさと(自分が貢献したいと思う都道府県・市区町村)への寄付金のことで、個人が五千円を超える寄付を行ったときに、住民税と所得税から一定の控除を受けることができる制度です。つまり、ふるさとに貢献して、税も軽減されるということなのだと理解しました そこで私は、自分の住んでいる八尾市ではこの"ふるさと納税"による収入がいくらか、またどういった形で使われているのか調べました。平成二十二年度においては、二十一件合計八百三万五千円の寄附がありました。ちなみに大阪市における件数は千百九十一件で金額が二億千四百二十七万円です。件数においては八尾市の五十六倍、金額においては二十七倍の多さに驚きました。やはり、人口の数もちがうし、その分人々の思い入れも違うのだろうと感じました。 話は戻り、八尾市では"ふるさと納税"という募集ではなく、がんばれ八尾応援寄付金と称していました。八尾市の文化、産業の振興、子供育成支援や緑化推進など、あらゆる方面で使用されようとしています。特におもしろかったのは「市長におまかせ」という項目があったこと。そこには四件より、七十四万の寄附がありました。 一方大阪府では"ふるさと納税"の使い道として「大阪ミュージアム構想」というのがあります。これは、大阪の街全体を博物館に見立てて発掘することにより再発見し、また磨くことにより際立たせ、そして最終的には企業や団体と結びつけることによりその魅力を内外に発信することで、大阪がより活性化することを考えています。 私は、自分の故郷が沈んでいくよりも、発展して栄えていくことを望むので、もし故郷大阪を離れることがあれば、また、大人になり収入を得るようになった時にはこの"ふるさと納税"を使って貢献したいと思います。 このように具体的にホームページなどを使って使用目的を挙げてもらえると、より分かりやすくていいと思います。また、市によっては"ふるさと納税"で寄附すると減税などの特典だけでなく、自治体からお礼が送られてきたりします。例えば岸和田市は一万円以上の寄附であれば有名な「だんじり」にちなんで、キーホルダーやバンダナ、味噌、煎餅など十五種類から選べます。この特典は寄附することで、地方自治体を元気にして、さらに地方の産業にも貢献する、そして何よりもちょっといい事をして、得した気分になれるのがいいと思いました。 "ふるさと納税"とは寄附する側もされた側も損をしない、とっておきの税金だと私は思います。 義務と権利・税金と学校塩川飛悠生(岡山・岡山市岡輝中学校) 八百万円。これは、一人あたりの義務教育のために税金から使われている金額です。こんなにもかかるというのは、僕の予想をはるかに超えていました。全体で考えてみると、国の総予算の六・三%にあたる、なんと約五兆五千億円ものお金が教育の為に使われています。学校とは、こんなにも費用がかかるところなのかと思いました。 小学生のころ税務署の方が来られて、税についての授業をしてくださったのを覚えています。そのお話の中に、もしも税金が無くなったら、学校や警察、救急車などの施設が有料になってしまうという内容がありました。僕には将来警察官になる夢があります。警察が有料になってしまうと、お金を持っている人しか助けられません。それはおかしいじゃないか、そう感じました。 アフリカ大陸の中には、学校に行くことのできない子供がたくさんいます。十二ヶ国で百三十万人もの子供たちが学校に行くことができていません。一方、僕たちは当たり前のように学校に通っています。そして当たり前のように教科書を配られています。実はこれらは税金で賄われているのです。 学校に行けないなんて想像がつきません。しかし、中には学校になんか行きたくないと思う人がいます。僕も宿題やテストのことを考えると、嫌になる時があります。しかし、僕たちが教育を受けることは決して義務ではなく、権利なのです。 教育費に使われる税金が無いと、当然学校には行けない子供が出てきます。当然学力はつきません。すると大人になって仕事に就こうとしても、字が読めない、書けない、計算もできない。必然的にお金がもらえないのでますます学校に行けなくなるという悪循環に陥ります。そう考えると税金はとても大切なものです。普段は当たり前のように通っていた学校が、かけがえのないものに思えてきました。学校があったからこそ作ることができた思い出が、僕には数えきれないほどあるのです。 世界には税金がない国があるそうです。その中でもナウル共和国に注目してみました。この国は教育費や医療費など全てが無料です。裕福だったので働く人もごくわずかです。しかし一九九六年に鉱石や石油が底をつき、どんどん国の財産が無くなっていきました。その後の結果は火を見るよりもあきらかです。 税金を払うということは、損をしていると思う人もいます。しかし、税金を払うことで僕たちはとても有益な暮らしを送ることができているのです。 未来の自分へメッセージを送りたい。君がいるのは、子どものころにかかった費用を、たくさんの人が税金として納めてくれたからだよ。今度は自分がその一人になるため、義務を果たすために、きちんと税金を納めよう。 見知らぬ人に支えられている!!浅田結生華(香川・高松市立屋島中学校) 私は今、冷暖房完備の四階建ての校舎という、とても恵まれた環境で学校生活を送っている。昨年できたばかりで吹き抜けもある、素敵なデザインが私の自慢だ。校舎が完成した時に校長先生がおっしゃっていた。 「この校舎を作るのに、生徒一人あたり二百万円の税金が使われています。そのことを忘れずに、感謝しながら大切に使って下さい。」「えっ、税金?」私は不思議に思った。それまでの私は、税金といえば「消費税」くらいしか知らなかった。消費税でさえ、本やお菓子を買った時一緒に払っているので、それほど意識していたとは言えない。どうして校舎と税金が関係あるのか、調べてみた。 国民が納めた税金は、本当に様々な分野で役立てられている。身近な使われ方としては医療費の公費負担、ゴミ処理費用、警察・消防費、そして公立学校の教育費等である。中でも「公立中学校の生徒一人当たりの年間教育費」はずばぬけて高く何と約百万円である。今まで当たり前のように使ってきた教科書、校舎、授業…それらが全部、税金でまかなわれていたのだ。しかも、私のために使われている。私はこれを知った時、このことをもっとみんなに知ってもらうべきだと思った。そうすれば、教科書を乱暴に扱うことなんてできないだろう。教科書を使って一生懸命勉強しなければいけない。 納税についても考えてみた。今の日本は、とても多額の借金をかかえている。国全体では九四三兆円、国民一人あたりに直すと約七四〇万円である。百歳を越えたお年寄りや今産まれたばかりの赤ちゃんも含めてである。これは将来、私達の負担となる。国の借金を減らすためには、「税金の無駄遣い」をなくして歳出を減らしたり、増税をすることが考えられる。政治家はよく、「増税すると言えば選挙に負ける。」と言って議論を後回しにしてきた。しかし、三月に東日本大震災が起こった後、復興のための財源としてどうしても増税せざるを得ないという方向に、世論も変わってきたようだ。父もこう言っていた。 「将来の為にある程度の増税は仕方ないだろう。ただ、無駄使いを減らすことや一部の脱税をしたり未納の人への対応も考えてほしい。」私はまた驚いた。納税することは、国民の三大義務の一つである。その義務を果たしていない人がいるのか。その人だって、義務教育を受けただろうし、今もゴミを出しているだろうし、もしかしたら救急車で病院に行くかもしれない。その全てに税金が使われていることを知っているのだろうか。今回いろいろ調べてみて、私も気づかないうちに、税金によって私の生活が支えられていることが分かった。大人になり納税する立場になったら、今までの恩返しとしてきちんと納税しようと思う。 日本人に生まれて山元美保子(佐賀・東明館学園東明館中学校) 衝撃的で悲惨な、千年に一度とも言われる大震災が起こった。私は映画でも観ているような、現実の事とは思えない気持ちで、ただテレビの画面に見入っていた。あれから半年が経つというのに、未だに自分の家に帰れない人も多い。原発事故の被害も深刻化して、人々の健康も心配される。私達の暮らしはどうなっていくのだろうか。 そんな中、外国メディアは、日本人を取り上げた。災害に遭いながらも、日本国民は冷静に対応し規律正しかったからだ。今もボランティアにかけつけたり募金活動をしたりして、被災者を励まし続けている。 また、「震災復興税」という税金の話もある。被災者をみんなで支援しよう、震災の復興の負担を国民みんなで分かちあおうという考えだ。「みんなで力を合わせて」という日本人の考えが私は大好きだ。復興税が現実になれば、がれきに囲まれた人達が少しでも早く普段の生活に戻れるかもしれない。 税金は、みんながお互いに助け合うための貯金みたいなものだ。みんなが少しずつ貯金すれば、あっという間に大金になる。そしたらいざという時に、多くの人を救えると思う。 社会の授業で、日本国憲法が定めた「国民の三大義務」を習った。教育の義務・勤労の義務・納税の義務の三つだ。義務というと、「無理にしなければならないこと、させられること」という印象がある。しかし「税金」について調べてみると、それは全く違うことが分かった。 例えば、東北大震災にいち早くかけつけた自衛隊員、事件があれば時間を問わず出勤してくれる警察官や消防隊員。命の危険性があるにも関わらず国民のために働いてくれる公務員の給料も、税金から払われている。税金のおかげで、私たちは毎日平和で安心して暮らせているのだ。他にも、医療や福祉・道路の整備・学校や図書館の整備。学校の教科書も無料で配布されている。世界には学校のない国、またその中で勉強したくても十分にできない子どもたちもいる。その中で社会へ出る知識など学校で学ばせてもらえることはすごくありがたいことだと思う。またけがや病気をしたらすぐ病院にもかかれる。世界にはお金が払えず医療が受けられない人々もいる。私たちの健康も国民の税金によって支えられているのだ。 私はまだ子供なので消費税以外の税金は払っていない。でも大人になったらしっかり納税をし、たった一部だけど、国の平和の維持、国民の安全のために使われてほしい。 「頑張ろう日本」を合言葉に、私たち国民は一丸となり災害復興に取り組んでいる。新しい税制が導入され、一日も早い復興ができればいいと思う。私たちは国民一人ひとり、そして国の平和を支えるために今日も税金を納める。日本人として生まれ、そうして支え合う。そうして税金は成り立っていると思う。 税は復興のカギ前田莉穂(熊本・熊本大学教育学部附属中学校) 平成二十三年三月十一日。私たち日本人が、この日をまた「新たな教訓の日」として、語り継いでいくことになろうとは、一体誰が予想しただろう。この日を境に、東日本の人々の生活は一変した。そしてその様子を、遠く九州にいる私たちも固唾をのんで見守った。 世界中の人々を震撼させた東日本大震災。あの日から、もうすぐ半年が経とうとしている。除々に復興の兆しを見せ始めているものの、私と同じくらいの中学生が未だに不便な生活をしているところを見ると心が痛む。私もこの春から、街頭や母の仕事場の募金に加えてもらったり、学校のリサイクル活動に参加したりしてきた。「義捐金」、「復興支援金」と名の付く事にはできるだけ参加するようにしているが、中学生の私ができる募金など、たかが知れている。 インターネットで調べてみると、現在、国民が募金した支援のお金は十四億円とあった。世界各地から集まってきている金額を足せば数百億円といわれている。私達のような一般人から見ると、こんなにお金が集まっている、と感動と希望を感じる。しかし、いつかのテレビで「復興にかかるお金は少なくとも十四兆円以上」との数字が出ていた。とても足りない。十四兆円を国民からの均一寄付金で捻出しようとすると、一人あたり十四万円。これを国民に義務づけるのは、かなり厳しいと思う。けれど、だからといって、新しいお金を作ったり国債を発行して復興のお金に充てたらどうだろう。日本は、大きな借金を抱えているのに、この上十兆以上も発行したら深刻なインフレになると思う。 だとすると、お金や国債の発行は、上手に調整しながら少しずつ行って、あとは税金で補うしかないのではないだろうか。特に、日本中の人が、一日も早い復興を望んでいるし、何とかして被災者を助けたいと思っている時だ。このような時こそ税金の出番だと、私は思う。小学校の時の租税教室で、「税金は国民が気持ちよく生活していくための、会費みたいなもの」だと教わったのを覚えている。同じ日本人として、東北の人々の生活を支えるための会費として使うのなら、みんなに賛成してもらえるのではないだろうか。 今、復興税という税金が話題になっている。賛否両論あるけれど、私は、使い方さえ計画的に、用途をはっきりさせてもらえるのなら、一つの方法としていいのではないかと思う。私たちだって、いつどんな災害に襲われるか分からない。だからこそ、国民が助け合っていける「税金」の考え方は、大切にしていくべきだ。この大震災では、世界各地から日本国民の姿勢に感動の声が寄せられた。我が国は、どんな状況でも最低限の生活は税金で保障してくれるという安心感が、この一大事でもお互いを思いやりながら過ごしていける日本人の気質をうみ出したのではないだろうか。 税の存在上地媛子(沖縄・那覇市立小禄中学校) 「税。」これは、私にとってあまりなじみのない言葉で、授業やテレビで税金の話が出ても、あまり関心はなく、ただ知識だけが頭の中に残っていました。 今年の四月末、父が心筋梗塞で入院し、私はとても大きなショックを受けました。いつも優しくて元気な父が家からいなくなるなんて、考えられませんでした。私には知らされてなかったけれど、父は入院してから一ヶ月間意識がなく、ICUで全身を管でつながれていたと、後から母に聞きました。そんな父も、今では退院し、車の運転もできるほどに回復しています。 父が退院する時、母が「あぁ、税金をちゃんと払っておいてよかった。」と安心していたのを見て、私は不思議に思いました。なぜ、父の退院で税金の話が出てくるのだろうと思ったからです。母に聞いてみると 「お父さんの医療費ね、すごい金額だったのよ。ちゃんと税金を払っていたから、安く済ませることができたけど、もし払っていなかったら大変なことになってたわ。」 と答えました。私は心の底から驚きました。今まで遠く感じていた「税」が急に近い存在になったような気がしました。税が、私の家族を助けてくれたのだと、そして、自分の周りは「税」に満ちあふれているということに気がついたのです。 それから私は、インターネットで税のことについて調べました。そこで、私達の生活に税はものすごく深く関っているのだということと、税金はたくさんの人の役に立っているということを知りました。今まで持っていた税の「知識」が、一気に「理解」へと変わったような気がしました。 ニュースでは、税の引き上げの問題が議論されています。私は、無駄に使われるのは大反対だけど、人の命を救ったり、困っている人達を助けるために使うのなら大賛成です。自分の力では助けられない人も、税金を納めることによってその人の役に立つならとてもうれしいし、誇りにもなります。 私もいつかは大人になり、色々な税金を納めることになるでしょう。日本は、世界は、私が大人になる頃にどんな姿になっているかわかりません。けれど、税によって社会が支えられているという事実は、変わってないと思います。 税が、これから生まれてくる子ども達や成長していく自分達、そして日本のために正しく使う。そんな社会を作っていきたいです。 |