日本税理士会連合会会長賞(平成29年度)

平成29年度は、7,528校から615,967通の応募があり、以下の12名が日本税理士会連合会会長賞に選ばれました。(順不同・敬称略)

私たちの暮らしを支える税

森佳綾(北海道・芽室町立芽室中学校)

先日、社会の授業で税の学習をした。国の税収の内訳や、社会保障費をはじめとする国の主な歳出について学び、税金の種類やその使い道などを知ることができた。この中で、社会保障費といわれる医療や介護、福祉に使われるお金は最も多く、少子高齢化が進む日本にとって大きな課題であることを学んだ。

この学習をきっかけに、私たちが住む町ではどのように税金が使われているのか調べてみた。芽室町では毎年四月に、その年使われる町のお金の使い道を公表している。今年度の予算が二百十二億円。そのうち、幼稚園や保育所の建設や運営に九億円、小中学校の整備に六億円、公園や道路・水道の整備には四億円、病院の整備には三千五百万円など、私たちの身近な暮らしに直結するあらゆるものに税金が使われているそうだ。

ところで、私と弟は小さい頃は体が弱く、特に二歳年下の弟は生まれてすぐから病院に頻繁に通わなければならず、長く入院することも多かったと母から聞いた。まだ小さかった私は父と留守番をすることが多く、はっきり覚えてはいないが、どうして弟ばかり母といつも一緒にいるのかと泣いて父をよく困らせていたらしい。この時の話を母に改めて聞いた。熱を出し、血液検査やレントゲン検査、点滴注射や薬を処方してもらい、入院は長期間になることもあったが、そのすべては無料だったという。中学生の私でも、大変な額の税金を使っていたのだと実感がわいた。

今では私も弟も病院に行くことはほとんどなくなったが、具合が悪い時に病院で治療を受けることができるのも、税金によって医療の保障という公共サービスが行われているからだと知った。

今、中学生である私は一日の大半を中学校で過ごす。私の通う学校では現在体育館の改修工事が行われている。これは私たちが安全に、快適に授業や部活を行うためだ。通学路には街灯があり、暗い不安な部活の帰り道も安心して通ることができる。道路も整備されていて、自転車に乗るのも快適だ。家では洗面所もお風呂も、レバーを動かせば水が出る。これらは当たり前の生活の中にあるので改めて考えたことがなかったが、大人が納めてくれている税金がその資金になっていると知った。

中学生の私はまだ税金を納めることはない。私は正直なところ、これまで普段の生活の中で、税金について考えたこと、実感したことがなかった。しかし今は、日常の多くが、私たちのために多額の税金の支えによって築き上げられたものであり、様々なサービスを利用する私たちが、しっかりと心にとめておくべきだと感じている。これからは、税金の意味や必要性を正しく知り、決して無駄使いをすることなく、納税をする立場になった将来も、その責任を果たしていかなければならないと感じている。

消費税アップについて考える

荒木雪(岩手・西和賀町立湯田中学校)

私は、消費税は上げてもいいと思う。目的通りに使ってくれるなら、それはとても意味のあることだと思うからだ。

税と聞いて、私にとって一番身近なのは消費税だ。今、消費税を上げるか、上げないか二つの意見が議論されている。日本では、近年消費税五%から八%に上がった。とても多くなったように感じるかもしれないが、北欧の国々と比べたら、少ない方だ。そして、北欧の国々は高い分、教育面では大学まで無料、医療面でも医療費全て無料だ。自分の将来を考えるときに、学びたいことはたくさんある。子どもに向かって、「きみたちには、無限の可能性が秘められている」と言っても、その可能性を最大限に発揮するには、学ぶことが不可欠だ。学びたいときに、学びたいことを学びたいだけ学べるとしたら、それは、本当にすばらしいことだと思う。また、病気になったり怪我をしたりしたときに、お金の心配をせずに、完全に回復するまで最善の治療をしてもらえるとしたら、どんなに安心して過ごすことができるだろう。

こんなにメリットがあるのに、どうして今の日本は消費税を上げない方針で動いているのか。それは、国民がその方針を選んだからだ。そして、消費税アップが決まったとき、反対の声がとても多かったからだ。私はこのことについて、三つ問題があると考える。

一つ目は、一時的に払うお金のことしか考えていないことだ。たしかに、買いたいものの値段が高いほど、消費税として納める金額も大きくなる。しかし、それは、今の社会や自分の未来に確実に役に立つのだ。そういう視点がないことが問題である。

二つ目は、国にどれだけお金が必要かを知らないことだ。国には、やるべきことがたくさんある。もちろん、それらを行うには財源が必要だ。その財源は、国民から集めた税金から成っている。それが足りなくなったら、借金をするということが理解されていない。

ここで三つ目の問題がでてくる。それは、次世代に対しての責任がないことだ。このまま、税金を増やさずに、借金ばかりが貯まっていったら、それらの借金を返すことになるのは次世代だ。今、自分たちは、豊かな生活をして幸せかもしれないが、その分のツケを次の世代に押し付けるのは、非常に無責任な行為だと思う。

税金は、自分たちの国をより良い国にするために必要なものだ。税金を増やせば、年金問題や医療、高校の無償化など、福祉・教育の面でより過ごしやすい環境を作ることができる。それは、自分にとっても次世代にとっても、社会にとっても、本当に良いことだと思う。私は、一時の楽よりも、ずっと続く幸せのために力を尽くしたい。だから、その幸せのために、今、国がお金を必要としているのなら、私は税金を上げることについて、前向きに検討していくべきだと思う。

税金~安心安全の暮らしを支えるために~

田中玲実(埼玉・星野学園中学校)

去年、私が通学していた小学校で、租税教室が開かれた。その時私は、少子高齢化が進む中、多くの高齢者、また、私達子供が、安心安全な社会で、健やかに暮らせるために、税金は存在している事を、初めて知った。そして中学生になった今、私も消費税という税金を払い続けているが、この税金によって作り上げられる、安心安全の暮らしとは、どのようなものかを考えてみた。

私には、来年の春、百歳を迎える祖父がいる。ちなみに祖母は、九十三歳だ。今の自分にしてみたら、信じられない年齢ではあるが、私の住む街には、七十代以上、八十代、九十代の高齢者の方々も多くいる。沢山の高齢者が長生きし、その人達の生活が守られ、生活を支える役割の一つとして、税金があるのだ。例えば、多くの高齢者の中には、自分で歩き回る元気な方もいれば、私の祖父のように、デイサービス、ヘルパーさんのお世話になっている方々もいる。このようなサービスも、国民の税金によって補助されている。さらに、公共施設もそうだ。最寄駅には、車椅子の方でも簡単に通れる、スロープがある。また、多目的トイレ、介護施設も多く、高齢者に優しい施設があることで、将来も安心して暮らせる町作りが進んでいると感じた。

さらに、税金は子供にも使われている。病院で診察を受けた際、毎回お金を払わずに済むのも、税金のおかげだ。子供の医療費の無料化により、集団生活で感染症にかかりやすい私達は、いつでも安心して、病院へ行ける。今挙げた医療費以外にも、学校生活の中で、教科書をはじめ、沢山の部分が、税金に支えられている。“学べる環境”は、当たり前ではなく、周囲の支えによるものとして、感謝するのが大切だと思う。

二〇二〇年東京オリンピックまであと三年。このオリンピックを通じ、今までにない完成度で、日本に訪れる世界各国の人達と、興奮や感動を共有したい。日本=安心安全、と理解してもらうために、日本全体、国一丸となって協力し合い、競技場や選手村等の建設費だけでなく、過ごしやすい街の美化活動、交通網の発展等、オリンピックの成功への道として、有効に税金を使ってもらいたいと願う。

正直、中学一年の私は、まだまだ税金の知識はない。ただ、私達も成長するにつれ、いずれ数年後には、支えられる身から、社会人として働き、支える立場、税金を納める側に立つ。もしかすると、この時に、払うことへの負担というマイナスのイメージが湧くかもしれない。でも、常に「支えられる側」であった時の感謝を、私達は忘れてはならない。責任を持ち、子供から大人まで誰もが豊かに健やかに、安心して暮らせる社会を作り出す一員として、将来、“納税の義務”に対して前向きに考え、「支える側」である事を自覚し、税と関わっていきたいと思う。

未来の森林のために

中村倫子(神奈川・横浜市立上の宮中学校)

今年の7月、福岡県と大分県に九州北部豪雨が襲った。1時間に100mm以上の記録的な豪雨は甚大な被害をもたらした。被災地には大量の流木が見られ、この流木が川の流れをせき止め、氾濫させた。林業の衰退とともに手入れが行き届かなくなった人工林が流木の発生要因の一つとして考えられている。

私の住む町の近くには鶴見川が流れている。私は小学校の時流域センターのイベントで生き物観察に家族で参加した。日頃、橋の上から鶴見川を眺めるしかなかった私にとって川岸の水草が生い茂ったところにテナガエビや小魚など多様な生物が住んでいることを知り、地図上の無機質な川から色鮮やかな川になったことを思い出す。そんな鶴見川も、かつて「暴れ川」として氾濫していたと父から聞いた。森林や田畑が市街化によって失われ、保水機能が低下した事により雨水が一気に流れ込むようになっているからだという。

そんな中、横浜市は「横浜みどり税」を平成21年から導入しているということを耳にした。横浜市の緑の総量は減少を続けており、約40年前緑被率が約50%だったのが、現在の緑被率は約31%まで低下しているという。そこで緑の減少に歯止めをかけ、緑豊かな町を次世代に継承するため、植林地や農地の保全、市街地の緑化活動支援などの取り組みを柱としているという。私は今まで税金というと最初に思いうかべるのは消費税で、それ以外は所得税、ガソリン税など耳にしたことがあるくらいで、どちらかというと「取られる」など嫌なイメージがあった。それに対し次世代へ緑を守る税金と聞き、将来を担っていく一人として自分も少なからず関係あると思い興味をもった。

森は人々に精神的な安らぎを与えるだけでなく、洪水緩和の助けになっている。森林の土壌は、スポンジのように大量の水を蓄え、降雨後に徐々に放出する機能を持つ。つまり森を保全するということは洪水緩和することにつながるのだ。緑は一旦失われると元に戻すことが非常に困難で、将来の緑の保全は着実に取り組んでかなければならず、足踏みしている余裕はない。しかし個人で対処できる事はたかが知れている。なので地域に住んでいる人が自分の事だけでなく、社会をよりよくするために税金の制度はあると私は思う。

この緑を守る税は、今すぐその結果が実感できるものではない。また緑地を確保するだけでは不十分で健全な状態で管理することが重要である。そこには個人で対処できない問題が山積している。今の私には何もできないが、その問題を解決するため税金は大切な役割をしていることを理解し、やがて大人になった時、社会を支える一人の人間として、次世代に大切な環境を残していく一員として、私はきちんと税金を納めていこうと思う。

受け継ぎたい感謝の気持ち

吉野真白(富山・魚津市立西部中学校)

昨年、接骨院の待合室でピンクの用紙が使えなくなることを知った。病院に行く時は、必ず私が持たされたこの福祉医療費請求書で会計が無料となることは知っていた。それが当たり前のように思えていたからか、高校生から使えなくなることに、正直驚いた。

そんな私に母が入院中の話をしてくれた。母は妊娠にリスクがあり、特に弟の時は長期の入院となった。ベッドに横たわる母の姿と淋しかった記憶が一気に溢れ出した。

「つらかったよね?」

と聞くと、予想しなかった「税金」の話しをし出した。長期間の入院、治療費にも福祉医療費請求書が適用となったこと。それは多くの方の納税によって支えられていたこと。

しかし、母もいつの間にか妊産婦健診等、無料を当たり前に感じるようになっていたそうだ。母が入院中、担当の看護師さんから、母の体に流れる点滴は、ほんの数ケ月前まで保険適用でなかったことを聞かされた。その頃これを使用されていた方の、ひと月にかかる入院費を聞いて驚いたという。入院のストレスに加え、金銭的な不安もあったようだ。

母は、多くの方の税金や社会制度に支えられていることに気付かず、当時は毎月の給与から引かれる所得税や住民税は給与が「減る」という感覚にしか思えなかったことも、少し恥ずかしそうに話してくれた。

母はこの用紙を見るたびに、私達の成長を思い出すそうだ。福祉医療制度は私達にいつも寄り添ってくれたことを。そしていつも、湿布、解熱剤等の残薬を確認して病院に向かう母の行動が分かった気がした。私もこのピンクの用紙一枚の重みを知った。

帰りの道、見慣れた景色は公共施設やサービスで溢れていると感じた。豊かで安心して暮らせる社会。私達や障害者を見守る町造りの資金は税金だと認識せずにはいられなかった。

一学期、発展途上国を調べる機会があった。水道や道路のインフラ整備が遅れ、子供は労働力となり、満足に教育すら受けられない。そのことが貧困から抜け出せない原因にもなっている。JICAを通して資金援助していることも知った。税金は国を豊かにし発展させていくのに欠かせないものだと改めて認識し、勤労、教育、納税、日本国民の三大義務が頭から離れなくなった。

五月に私の住む魚津市で全国植樹祭が開催された。良質で豊富な水が命を育み、生活や産業を支え、暮らしと共存している魚津を誇らしく感じた。そして自然豊かな環境も先人の皆さんの納税で成り立っていることに、感謝の気持ちで一杯になった。私はどこに住んでも地域を愛し、社会を守る為に使われる税金を気持ちよく納税出来る人になりたい。

県税の「水と緑の森づくり税」が五年延長になっている。私が納税するまで続いてほしい。私を今まで助けてくれた恩返しと、未来の私達のためにも、心からそう思う。

滞納を減らそう!

柘植照希(愛知・弥富市立弥富北中学校)

ぼくたちは普段買い物をするとき、その商品がどのくらいの値段かを見て買います。ただ、値札に2つ値段が書いてあることがよくあります。例えば税抜き100円と税込108円などです。この商品にかかる税は消費税と呼ばれています。その他にも、会社で給料をもらう人に対してかかる所得税や住んでいる市区町村に納める住民税などがあります。

税金は納めなければならないものです。しかし、決められた日を過ぎても税金を納めない滞納をする人がいます。平成26年度は約一兆円もの滞納額があります。滞納が続けば滞納者の家の財産などを捜査されて、差押というものが行われます。差押とは、滞納者の財産を強制的に、金銭に換価可能にできる状態にする最初の手続きのことです。少しひどく感じますが、税金を払わない事の方が罪が重くて当然の結果だと思います。年々、滞納額は減ってきていますが、まだ一兆円もあるのでまだまだ減らせると思います。最近見たテレビで滞納をしている人の家を捜査し、差押するのを見ました。滞納している人のなかには、豪邸に住んでいたり、高級な物を買っていたりなどと、税金を納めることができるはずの人がなぜ納めないのか疑問に思いました。差押は滞納者の意思を聞かないので、差押えられた人は怒ったり、悲しんでいました。

こうした滞納者を減らすために、ある地方ではその地域の市町さん自らが滞納者の家へ訪問し、税金を納めさせようと呼びかけています。ぼくはその行動をしているのを聞いて滞納対策をとてもがんばってしていて、税金を納めるということは、日本国民の義務だと改めて思いました。

しかし、税金を払うことによって小・中学校の教育が受けられ、身近な公共施設が建てることもできたりなど、良い事もたくさんあります。中学生の僕はまだ税金の知識が浅く、納める税金は消費税ぐらいです。大人になった時に困らないように、しっかりと税のしくみを理解しておきたいです。

現在の日本の問題である高齢化は今後も増え続けていきます。高齢者が増えると、年金の全体の金額が増えます。つまり、若者の一人一人が払う税金が増えるということです。そんな時に滞納をする人がいれば、滞納をした人も高齢者の人も困ります。税金を納めるということは、将来の自分が暮らせるようになるためでもあります。消費税が10%に上がることが予定されています。そこで税金のしくみを理解し、税金を扱う人も不正に利用せず、適正に利用して税金をメリットを引き出していってほしいです。みんなが税金を納めればこの国がより平和になるでしょう。

累進課税と意識改革

八木この葉(大阪・堺リベラル中学校)

税のおかげで義務教育を受けられ、医療を安心して受診できたりと財政活動によって生活が成り立っている。

世界の国々から見れば、日本の税の意識が低く関心がなく、税の流れを人任せにしているのではないだろうか。

日本の間接税にあたる消費税は世界から見ても低い。一%上げれば二兆の財源にもなるなら、消費税を上げて、日本の歳入額を増やし、債務残高を減らし、日本の円の価値を上げ、格付けを上げることで信用をとりもどすことが先決ではないか。

消費税(付加価値税)は上げるが、生活必需品は五%に下げ、一定基準を越す高額な物については累進課税にして税率を上げる。

直接税の所得税同様、相続税・自動車税・固定資産税を累進課税し、高額納税者のプライバシーを配慮しつつも高額納税者こそが社会に貢献していることを知らしめることが大切ではないだろうか。

例えば広報誌にて掲載をし、納税番付で表彰したりするなど。

基準とは、一般家庭平均を基にして、累進課税にすることをさす。

また、節税対策で他国へ移る場合、仮に移先出国特別税を納税してから出国させたり、高額当選者については、幸せを分けあたえる分配税として納税して社会貢献をして頂く。

まず、歳入を増やすためには税の確保が必然となる。

それには、教科書も財政活動の一環であることやサービスを受けて今日があることをしっかりと教え、憲法で定められた義務ではなく納税できる成人に育成することこそが、未来をになう私たちの使命であり、次の世代へバトンできると考える。

今の赤字国債によって国債残高が増えている現状や防衛費が世界三位の額といわれているぐらい税が流れている。

そのお金を環境保全や地震対策や感染症予防といった公衆衛生などに活用し、税への福利厚生を受けていることを社会科授業や総合学習で教えることで、税の大切さや税の意味をもっとしっかりと教えることで納税に対する意識がかわると思う。

また、公的扶助は生存権として必要な人には生活保護として支給すべきであるが、ワーキングプアで働く非正規雇用の問題やニート・フリーターといった非労働者に対しては、社会全体で見直すことも大切だが、働く意志を持てる労働条件の整備と、教育のなかでも学校を卒業したら社会の一員となるには、納税し勤労して自活できる人間を養成しなければならないと教えるべきだ。

その教育内容として、諸外国のように義務教育中の進路別学習を早くから導入し、社会人となるべき技術や知識を多様な分野から経験し職に就くまでの教育を行い納税者を確保することが、未来の日本へと結びつくと思う。

よりよい社会にするために私達ができる事

鍋島一花(広島・広島県立広島中学校)

私が住んでいる地域は土地が低く、大雨の日は冠水することがよくありました。ある日、いつもより激しい大雨が降り、トイレからコポコポと妙な音がし始めました。水が増水し、いつ家の中に下水があふれるか分からず、気が気ではありませんでした。急いで玄関にかけつけてみると玄関の中にまで水が迫っていて私はどうすることもできませんでした。しばらくするとレスキュー隊員の方々が土のうをたくさん持ってきてくださり、すんでのところで床上浸水は免れました。また、水が引いた後日、市役所の方が床下の消毒の仕方を丁寧に教えてくださり、消毒液も渡してくださいました。この時に経験から、大雨が降ると冠水するのではないかとハラハラしてしまうのですが今では冠水することがほとんどなくなりました。なぜだろうと思い、母に尋ねてみると下水道の大規模な工事が行われたからもう大丈夫、と教えてくれました。私は、もうあのような思いをしなくて済むのだと思うと、心から安堵しました。また、この様な道路や下水道などの公共の工事は税金でまかなわれるのだとも教えてくれました。私は、その様なことに税金が使われていたと知らなかったので驚きました。私が身近に感じる税金といえば消費税です。今まで品物を買うとき、何気なく支払っていましたが、税金が何に使われているか考えたことがありませんでした。調べてみると、助けていただいたレスキュー隊員や市役所の方々の給料、病院の治療費の一部、さらには、私が学校で使っている教科書でさえ税金で支給されていた事がわかり、身近なのに気付かない事が多くありました。

さらに調べたところ、集められた消費税は約二十一兆円ですが、社会保障にあてる金額が約三十兆円と九兆円も足りないことが分かりました。その九兆円は国が借金をしているそうです。その借金を返済するためには、未来の働き手である私たちが対策を考えなければなりません。また、年金は税金の一部があてがわれるそうですが、一部の若者が「自分が年金をもらえるか分からないから」と年金を払わない人がいると聞きました。しかし、その年金を払わない人が普段支払っている消費税も、実は、回りまわって年金の財源になっているのに、正しい知識がないために「もらえないかもしれないから払わない」というまるで権利を放棄するような間違った考えが生まれてしまっているのだと思いました。

これから迎える超少子高齢化社会において私たち未来の働き手は、正しい知識を持ち、より良い社会にするために正しく税金を納め、お互いが支えあっていくことがとても大切だと思います。

学びと税金

松田栞(愛媛・松山市立日浦中学校)

私が住んでいる日浦地区は山奥にある。松山市に住んでいる人でも、日浦を知らない人が多いと思う。一番近いスーパーマーケットでも、車で二十分程かかる。近くに歳の近い友達が少なくなった。高齢化が本格的に進んでいる、典型的な過疎地域に値するだろう。

私が通っている日浦小中学校は、かつて多くの生徒が通っていた活気ある学校だった。しかし、高度経済成長によりどんどん住民が減り、衰退していった。そして、二十一年前、廃校の危機に直面した。卒業生や若い住人が次々に外に働きに出てしまい、子どもどころか住人まで減ってしまったからである。でも、本当に学校がなくなってしまうと、困ると感じる地元住民は多かったようである。

日浦は、緑豊かで、松山市の水源となる石手川ダムの上流にある。そんな自然豊かに囲まれたこの学校を残そうと、今から十四年前、地域全体が一丸となって学校存続運動を行った。そして、努力の甲斐あって、廃校を免れたのである。この存続決定のおかげで、今、父と同じ日浦小中学校に通い、勉強や部活動を通して私は学ぶことができている。

十四年前、学校は存続のために、小中連携教育を目指し、学校改革を行った。自然を活かした体験学習。日浦の特産に着目し、地域の名人との交流を通した総合的な学習の時間。小中合同の学校行事。日浦にしかない、日浦独自の学校へと、当時、多くの人が改革に携わったようである。私の父も例外ではない。

また、地域のみならず、様々な機関が学校存続に協力してくれた。愛媛銀行さんもその一つである。松山市内から、児童生徒が登校できるよう、スクールバスを提供して下さった。また、税金のおかげで、教科書は無償、パソコンや、理科の実験道具など、学ぶ環境は税金に支えられた。現在、全校生徒の九割が、松山市内から通い、学校は在続できている。学校が今も守られていることを、とってもありがたいと思う。

今年、七月に起きた九州北部豪雨では、消防士さんや警察官、自衛隊の人達が懸命に救助活動をしている姿をテレビで見た。税金は学びだけでなく、命まで救うのかと改めて思った。人が働いてもらう給料の一部には税金がつく。この原稿用紙一枚、お店で買う時には消費税がつく。自分の学びが税金に支えられている私は、それを億劫だとは思わない。身近な所に税金は関わっており、それを納める義務があることは当然だと思っている。一方で、国民一人一人の税金が、自分の学びにつながっていると思うと、勉強も部活動も一生懸命取り組んで、誇りある学校にしたいと思う。私は、税金で支えられているのだから。

毎年、日浦小中学校の卒業生代表の言葉には、必ず感謝の言葉がつづられている。私も、感謝の気持ちを忘れず、誰かの支えになれる大人になりたいと思う。

助け合いの輪

十河あや(福岡・久留米大学附設中学校)

「税」と聞いて、私が一番に思い浮かぶのは消費税。一〇〇円の品物を買うと一〇八円の支払い。中学生の私でも買い物をするたびに決して安くはない「税」を払っていて、「税」は必要なのか疑問に思った。

先日、テレビのインタビューを受けた人が、将来自分が年金をもらえるかわからないのに年金や介護保険を払う気になれないと言っていた。たしかに中学生の私が年金をもらえるようになるまであと六十年くらいある。しかし、今この瞬間も地球のどこかで戦争や飢餓に苦しむ人がいて、恒久な平和を念願している日本国民も願うだけでは安定した生活を送ることは難しい。私たちは日々の生活でただ「税の支払い」をしているだけだろうか。

小学四年生のとき、私はクラス全員で「二分の一成人式」をした。そのとき母に見せてもらった「母子健康手帳」。ページのほとんどが切り離されて薄くなった「予防接種手帳」もあった。「母子健康手帳」には私が生まれてくる前のことから小学校入学までのことが書いてある。小さい頃は体重が増えなくてグラフで見ると平均より下だったんだなと思った覚えがある。それらを記録しているのは見慣れた文字。間違いなく母の字だ。自分では覚えていないことばかりだけれど、この手帳を見ると母のお腹にいるときから小学校まで検診や予防接種をたくさんうけていたことがわかる。以前母がこの予防接種手帳があったから予防注射がほとんど無料だし、この手帳があるから注射を受けるタイミングがわかるのだと教えてくれた。でも、「無料」というのは「料金がいらない」という意味ではない。私ひとりが生まれて生きていくために、見知らぬたくさんの人が納めた税金を使わせてもらっている、ということである。いわゆる「出世払い」のようなものだと思う。つまりそれは、私たちが大人になって様々な税金を払うようになったら、その税金は次に生まれてくる子供のためにも使われるということである。私たちは、生まれる前から、この世から天国へ旅立つ日まで、ずっと税金を使って生活していることを忘れないようにすべきだと思う。何となく歩いているこの道も、税金からの補助で維持されているし、小学校や中学校で支給された教科書も税金で買ってもらっている。

生まれるときも、亡くなるときも、自分ひとりだから誰にも迷惑をかけない。このような寂しいことを話している人もいた。でも、人は見知らぬ誰かのおかげでこの世に生まれ、見知らぬ誰かのために恩返しをする。みんなが参加し、目に見える助け合いが「税金」だと私は思う。

ふるさと納税で叶った私の夢

森重日詩(宮崎・都城市立沖水中学校)

宮崎県都城市――私の住む町は、昨年、一昨年と「ふるさと納税日本一」に輝いた。しかし、このニュースを聴いた時には、たいして興味ももたなかった。まさかこの税金が、私の夢を叶えてくれるとは。

都城市では昨年度から「中学生海外交流事業」が行われている。都城市内の中学生が、夏休みにオーストラリアを訪問し、ホームステイをしながら、現地の学校で授業体験をしたり、現地の中学生と交流活動をしたりするものである。「ぜひこれに参加したい」という強い気持ちがあったが、この夢が、今年の夏、叶うこととなった。

一回目の事前研修の時、副市長さんから「この事業の予算は、『ふるさと納税』として納められた税金が使われています。」というお話があった。お話を伺った時にはあまり理解できなかったが、とても興味を持ったので、家に帰ってから、市のホームページで調べてみた。すると、ふるさと納税として納められた税金から、約七百六十五万円ものお金が、この海外交流事業に使われているとあった。また、さらに調べてみると、ふるさと納税は、納税者が使途を指定できる、つまり、ふるさと納税には、納税者の思いが込められているということも分かった。母は、

「都城市からの補助があるから、あなたはオーストラリアを訪問できる。補助がなければオーストラリアには行けなかったよ。」

というような話をしてくれた。私がこの海外交流事業で、オーストラリアを訪問する際にかかる費用のおよそ三分の二は、都城市に、ふるさと納税として納められた税金が使われているとのこと。オーストラリアの訪問に市の税金が使われるということは知っていたが、まさかこんなにたくさんのお金が私たちに使われるなどとは考えもしていなかった。改めて、この事業に参加することの重みを感じ、「絶対に良い体験をしてこよう」と強く思った。

今回、私を含め、都城市内の二十名の中学生と四名の引率の先生方が海外交流事業に参加した。ふるさと納税をしてくださった方々のおかげで、私たちはオーストラリアを訪問でき、様々な体験ができたのだという、感謝の気持ちを大切にしたい。

今年の夏の体験は、とても貴重なものであった。それはオーストラリアを訪問できたことだけではない。税金の大切さを改めて感じることができた体験でもあった。税金を納めてくださった方々に「このような事業に税金が使われて良かった」と思っていただけるよう、体験してきたことを生かして、社会に貢献できる人になりたいと思う。

税金を納めることは、確かに国民の義務ではあるが、社会貢献の一つでもあると私は感じる。私はこれから、胸を張って税金を納めていく。どこかで私と同じような夢を持つ人の願いを叶えるお金だと信じて。

暮らし支える税

宇地原望(沖縄・中城村立中城中学校)

「このバスができて便利になって良かったさあ。いつもありがとうねえ。」

これは、バスの運転手と乗車したお年寄りとの会話である。夏休みによく「護佐丸バス」を利用していた私は、同じような会話を何度も耳にした。ほとんどのお年寄りの方は、運転手の方と笑顔でお喋りをしていたりして、今ではこのバスが運行する以前に比べ、とても活気が溢れたようにも見える。

「護佐丸バス」とは、私が住んでいる村が運営するコミュニティバスだ。村内と村外の一部を運行するこのバスは、どこから乗ってどこで降りても一般二百円、中学生・六十五歳以上のお年寄り・障がい者の方は百円、小学生は五十円で乗れるとても優しいバスだ。それに加え、朝の一便はちょうど通学・通勤、夕方の便は下校の時間帯に運行しており、学生にも社会人にもとても便利でありがたい。このバスの運行のおかげで、これまで車を持っていないと村内でさえも移動が難しかった状況が改善され、通学・通勤・通院が非常にしやすくなったといえるだろう。では、こんなに安い運賃で運行できるのはなぜだろうか。その秘密は税金にあった。

父に協力してもらい調べると、「護佐丸バス」は村の総務費から、そしてその九割が国からの補助で賄われていることが分かった。私は「税金ってこんな良い使われ方していたんだ!」と率直に驚いた。

私はこれまで「税金」という言葉にあまり良い印象を持っていなかった。三年前の四月から消費税が五パーセントから八パーセントへ引上げされることが決定したときには、大人たちの漏らすため息を、その口からこぼれる言葉をたくさん聞いた。そのころ税金についてほとんど何も知らなかった私は、「税金はあまりよくないものなのかな」と、なんとなくだがそう感じていた。私自身が支払っている税といえば最も身近な消費税だけであり、それがどのように活用され、現代社会を支えているのかなど知る由もなかった。その後学年が上がっていくにつれて、税金の用途や役割を学んできたが、それでも税金に対してのイメージが変わることはあまりなかった。それが今、この「護佐丸バス」を通して、税金は決して悪いものではなかったと、一人一人の暮らしを支えるために必要なものなんだと実感でき、税金に対して前向きな気持ちを持つことができた。

様々な問題を抱えているこの日本で、より良い社会を作るためには税金が大きなカギとなるだろう。中学生の私たちはそのカギを握り、道を切り開いていく大きな役割を担っている。そのためには一人一人が税を見つめ直し、社会に貢献しようとする心向きが必要だと強く感じる。私もその一員として貢献できるような「納税者」になりたいと思う。