国税審判官座談会

<会報「税理士界」1314号(H26.3.15)より>

平成23年度税制改正大綱において、審査請求事件の審理の中立性・公正性を向上させる観点から、民間専門家の専門的知識や実務経験を活用するため、国税審判官(特定任期付職員)の外部登用を拡大するとの方針が示された。これを踏まえ国税不服審判所では、「国税審判官への外部登用の工程表」を作成し、税理士等の外部登用を積極的に進めており、平成25年7月10日時点で国税審判官として在籍している民間専門家は、税理士17人を含め50人に達した。
本紙では、国税審判官の外部登用の進展によって審理の進め方や方法にどのような変化が起こっているか、また、税理士の職能がどのように生かされているかといったことについて、現職の国税審判官として従事する税理士会員にその実情を聞くこととした。(平成26年2月18日収録) 本座談会の内容については、全て出席者の個人的見解である。

【出席者】
  • 松沼 謙一(東京会)
    (関東信越国税不服審判所、H23.7.10任官)
  • 今坂 直子(東京会)
    (東京国税不服審判所、H23.7.10任官)
  • 林 めぐみ(名古屋会)
    (名古屋国税不服審判所、H23.7.10任官)
  • 佐藤 善恵(近畿会)
    (大阪国税不服審判所、H22.7.10任官)

応募の動機、就任に至る経緯

――まず、国税審判官に応募した動機、就任に至る経緯についてお聞かせください。

佐藤 一言で言えば、好奇心とキャリアアップです。私は6年ほど社会人経験をした後、平成11年に税理士試験に合格し、実務経験を積んで平成14年に税理士登録しました。他方で、本の執筆、大学院の非常勤講師、米国公認会計士資格やMBAの取得などにも取り組んできましたが、それらに一生懸命になりすぎた面もあって、正直、税理士業務の経験は豊富とはいえないかもしれません。税理士としての方向性を模索していた時、国税審判官の募集があることを知り、次のステップにと思って応募しました。

松沼 私は、ちょうど独立したての時に、税理士会の広報紙で国税審判官の募集案内を見たのが応募のきっかけです。
たまたま応募の前年に、税理士会が早稲田大学と共同で実施している、いわゆる補佐人講座を受講しており、国税通則法について本当に充実した指導を受け、その中で国税不服審判所の仕組みなどを学びました。もともと大学院で租税法を学んでおり、物事を考え、判断し、文章にすることが自らの性格に合っていると感じていましたが、補佐人講座で課題のレポートを作成する中で、物を書く仕事をしたいという思いも持つようになっていました。国税から民間へという人の流れは数多くありますが、民間から国税へという人の流れはほとんどないですし、独立したばかりで顧問先もあまりありませんでしたので、今しかないと思い応募しました。

 私もやはりキャリアアップのためです。税理士登録をして10年目の時に応募したのですが、それまで税理士として一般的な法人税、所得税、相続税などの申告業務等に携わってきました。10年たって一通りのことを経験したところだったので、今までとは異なる経験をして知見を広めたいという思いがありました。そのような時、「名古屋税理士会から国税審判官に採用された会員がいないから応募してはどうか」という話がありました。 私は税理士の父と公認会計士の兄と同じ事務所で仕事をしていましたので、応募しやすい環境でした。父や兄も賛成してくれたこともあり、応募しました。

今坂 私は、国税審判官に応募するまでは、一貫して渉外法律事務所に所属していました。任官直前まで所属していた事務所は、中国関係の法務税務に強みのあるブティックファームです。私はそこで主に日本と中国と香港の税務と、クロスボーダー取引にかかわる税務を専門として活動していました。
〝法律事務所育ち〟ですから、争訟は得意分野の一つです。任官する少し前には、ある日本のグローバル企業の中国事業からの撤退に伴う負担金の損金算入を争った審査請求事件に関与し、原処分取消の裁決を受けたのですが、その事件を担当した国税審判官が監査法人で活躍した経験を持つ公認会計士だったことから、民間人材の国税審判官への登用制度の存在を知り、興味を持ちました。ただ、当時私は上海・東京・香港を常に移動しながら活動していましたので、具体的に任官を検討するには至りませんでした。その後、東京に帰任してから税理士会の会報紙で国税審判官の募集案内を見て、改めて、逆の立場、つまり判断する側に立って争訟に関与することに強い魅力を感じ、応募を決めました。法曹資格がないながら判断する側に立てるというのは、おそらく国税審判官という職しかありません。
もう一つの動機は、社会貢献です。私は学生のころ、政府奨学金を得て中国に交換留学する機会をいただきましたので、公に対して恩返しがしたいという気持ちを強く持っていました。税理士業務に従事する中でも公共性の高い業務には、努めて、一定の力を注いできました。例えば政府系金融機関のために中国法令に関するニューズレターを執筆したり、地方公共団体の中小企業支援プロジェクトで中国ビジネスセミナーの講師を務めたりといった活動です。国税審判官は、経験や知識を公的な活動に役立てることを通じて社会貢献するという、私の理念にまさにかなった仕事であると考えたことから、志しました。

――顧問先やそれまでの仕事はどうしましたか。

佐藤 契約していた顧問先には事情を説明して、友人3人に分けてお願いしました。復帰後の不安がないと言えばうそになります。

松沼 関与先は数件だったので、友人にお願いしました。

 父や兄をはじめ事務所のメンバーに支えてもらっています。

今坂 一定の規模のある組織に所属する税理士という身分でしたので、持っていた仕事は後輩に引き継いでもらうことができました。事務所の理解もあり、非常に恵まれていると思います。

勤務地・任期

――採用決定後のことについてお聞かせください。勤務先の希望はかなうのでしょうか。

松沼 東京支部などに希望が集中する傾向はあると思いますので、全員の希望がかなうとは限らないと思います。私はそれなりに希望がかなったほうです。私たちの採用時は第3希望まで希望支部を書き、それ以外も可能な支部にマルをつけるという形式でしたが、現在は、まず勤務地を「限定する」「限定しない」のどちらかにマルをつけ、勤務地を限定する場合、勤務できない支部をチェックし、その理由を書くという方式になっているようです。

――林さんは最初、地元の名古屋ではない大阪に配属になりましたね。

 職業も変わり、新しい土地で一人暮らしを始め、とても新鮮で楽しめました。官舎を利用したのですが、そういった福利厚生も充実していましたので、苦労はありませんでした。私は結婚を機に名古屋支部に異動になり、結果的に大阪支部は1年間だけでしたが、両支部では人も文化も異なり、審査事務にも多少の違いがありますので、非常に勉強になりました。

佐藤 原則は最初の任地で任期3年を勤めることになりますが、希望する場所以外に配属になった場合は、3年目などに希望するところに配属されることはあるようです。

松沼 任地の希望がかなわずに、採用を辞退することもあり得るのではないでしょうか。

佐藤 私は、家庭の事情で、採用面接の時から勤務可能なのは大阪だけだと一貫して申し出ていましたし、ありがたいことに、それを考慮していただけました。国税不服審判所としても採用計画がありますから、本人が勤務できないと言っている支部に突然配属することは、普通はないと思います。採用後も、勤務地や任期延長の希望は毎年確認を受けます。私は任期を延長してもらいましたが、勤務地や人員配置の関係で、希望しても必ずしも延長になるとは限りません。

――任期は原則3年で2年まで延長可能となっていますが、どうとらえていますか。

松沼 民間登用の趣旨や人事の硬直化・閉鎖性といった観点からは、一応3年で線を引いておいたほうがよいということなのではないでしょうか。

今坂 私は可能であれば国税審判官をずっと務めたいと思っています。この仕事を天職だとすら思っています。他の省庁では、再任用も可能としているところもあるようですから、今後、この可能性に期待したいです。

外部登用の現状

――国税不服審判所では、平成23年度税制改正大綱を受けて、平成25年までに事件を担当する国税審判官の半数程度が外部登用者となるとの方針を掲げ、昨年の7月採用でこれを達成しました。

松沼 まず、国税審判官の数は、国税不服審判所組織規則で定数181人と定められています。このうち事件を担当している国税審判官が約100人、このうち外部登用者が50人ということです。国税不服審判所には、国税審判官のほかに国税副審判官が置かれており、国税副審判官も、全てではありませんが、国税審判官の職務を行うことができますから、まだ外部登用者を採用できる余地があるかもしれません。

今坂 この3、4年という私たちの任期中、行政不服申立制度について改正の検討が進められ、また、政権交代といった環境変化に対応する形で、国税不服審判所の改革が進みました。外部登用は、その一環です。

 かつては国税不服審判所と国税局・税務署との分離ができていないとの指摘もありましたが、外部登用などによって、既に別の存在になってきているようですね。

――外部登用者50人のうち税理士17人ということについては、いかがでしょうか。

松沼 ちょっと寂しい限りですね。

今坂 半数には達してほしいですね。

 税理士の応募自体が少ないのではないでしょうか。弁護士のほうが採用が多い状況です。

佐藤 弁護士や公認会計士が応募するとき、税理士業務をしていたことをアピールすることが多いと思いますので、国税不服審判所側からすると、税理士への期待は大きいと感じています。そういう意味で、税理士にはもっと応募していただきたいですね。

松沼 ただ、応募条件にも書いてありますが、採用者の平均実務経験年数は10年程度となっており、そのころの税理士は、仕事に脂が乗って、顧問先を維持し、更に増やしていこうという意欲にあふれる時期だと思います。その時期に、3年間も業務を離れることは、相当難しいのではないでしょうか。

 私も10年の実務経験で応募しましたが、顧問先から3年間も離れるのは本当に勇気がいることだと思います。私は恵まれた環境だったので決断しやすい面はありましたが、応募しやすい環境を整備することもぜひ検討していただきたいです。

――現在、国税審判官は常勤ですが、仮に非常勤という勤務形態が認められるとした場合、なじむでしょうか。

今坂 利益相反の問題から難しいと思います。現状、任官前に関与していた事件について担当しないことは当然ですが、実務上は保守的にもう少し広くとらえ、任官直前に所属した事務所のクライアントが審査請求人である場合なども、担当を辞退しています。非常勤となれば、大手事務所所属者は特に利益相反の可能性が高くなりますし、一方で税務行政の秘密に接しますから税理士としての活動も制限されたものとなります。

松沼 国税組織には厳しい守秘義務がありますので、その面からも問題はあります。

佐藤 別の視点からは、普段同じ場所にいて物理的に同じ場所にいるからこそ、詰めた議論ができるという関係もあるかと思います。支部によっても異なるようですが、大阪支部は合議体メンバーの席が隣接しており、思いついた時に議論を始めることがあります。

■国税審判官(特定任期付職員)採用状況
採用年度 平19 平20 平21 平22 平23 平24 平25
募集数 10人程度 10人程度 若干人 15人程度 15人程度 15人程度 20人程度
応募者数 39 17 17 51 93 101 76
採用者数 税理士 4 1 0 4 7 3 6
公認会計士 0 0 0 4 1 3 4
弁護士 0 0 3 5 7 10 7
合計 4 1 3 13 15 16 17
新規採用後の在籍者数 税理士 4 5 5 6 11 13 17
公認会計士 0 0 0 4 5 8 8
弁護士 0 0 3 8 15 23 25
合計 4 5 8 18 31 44 50

平成24年度までの採用者52人の採用時の平均年齢は40.0歳、平均実務経験は9.9年

国税不服審判所の取り組み

――国税不服審判所では、外部登用以外にもさまざまな改革に取り組んでいますね。

 審理手続や審理の状況について、透明性を高めるための施策が採られています。一つの例として、平成23年度から「同席主張説明」というものが実施されています。これは、国税審判官、審査請求人、原処分庁の間で、事件の理解を共有し主張や争点を明確にするためのもので、書面を読むだけでは理解が難しい事件、争点が多い事件などについて、必要に応じて実施されます。

今坂 審査請求手続は、「準司法手続」と評価されることはありますが、行政庁による原処分見直しの手続であり、非公開を原則とします。それが、公開を原則とする訴訟との比較で、ブラックボックスとの批判を受けがちなのです。調査・審理について、審査請求人にあらぬ疑念を抱かせることのないよう、「審理の状況・予定表」や「争点の確認表」の作成・交付など、実務上、手続の可視化にも取り組んでいるところです。

――可視化という観点から、審査請求人に税理士出身と伝えることはありますか。

松沼 審査請求人に対して税理士出身であることを伝えるよう心掛けています。伝えることで、審査請求人と比較的穏やかに話ができて、より明確な主張の整理と充実した審理ができると思っています。

佐藤 私は審査請求人との面談の際、「どうせ国税の味方なのでしょ」と言われてショックを受けたことがあります。税理士出身と名乗ることの効果は大きいですね。

審理の流れ、事件処理の状況

――一般的な審理の流れについて簡単にご説明ください。

今坂 国税不服審判所の各支部が収受した審査請求書は、形式審査を経た後、原処分庁に対し送付され、答弁書の提出が求められます。原処分庁から答弁書が提出されると、審査請求事件を担当する国税審判官(担当審判官)1人と、合議体を構成する国税審判官等(参加審判官)が通常2人指定され、国税審査官と共に実質審理の手続に入ります。ここから先は、個別の事件の性質により若干の違いはありますが、担当審判官は、当事者から主張書面を受けたり、面談や口頭意見陳述の機会を通じて、ときには釈明権限を行使するなどしてそれぞれの主張の把握・整理を行い、また、必要に応じて関係者に対し質問検査権限を行使するなどして事実関係について調査します。
合議体を構成する担当審判官及び参加審判官は、主張や証拠について複数回の合議で審理を尽くした後、議決を導きます。合議体による議決は、国税不服審判所長に対する、審査請求事件の調査審理のいわば報告です。この議決に基づき、所長は法規審査部による審査を経た後、行政庁の最終判断である裁決をします。

――審査請求の年間の処理件数と認容割合はどのくらいでしょうか。

佐藤 平成24年度は3618件でした。そのうち認容割合は12.5%で、一部認容が8.3%、全部認容が4.1%です。

――国税不服審判所では1年以内に事件を処理するとの方針を掲げていますね。

 平成24年度は95%の数値目標を設定し、結果は96.2%でした。事件収受から裁決までの期間は平均10カ月です。

――審査請求では、審査請求人に代理人がついていないケースもありますか。

松沼 一定数あるのではないでしょうか。審査請求人に代理人がついていなくても、国税審判官としての業務に何ら変わるところはありませんが、主張の整理などに一定の時間がかかることがあります。

税理士に求められる役割、他業種との連携

――国税審判官として税理士に求められているのは、どのような役割でしょうか。職務を遂行する中で、税理士としての経験が生きたことを含めてお聞かせください。

松沼 国税職員は、特定の税目に特化した経歴を持つケースが多く、組織としても各部署が横断的につながっているわけではありません。その点、税理士は多くの税目にかかわり、幅広く知識・経験を有しています。強いて言えば、徴収の分野は、税理士業務においてさほどかかわらないと思いますから、徴収案件には弱いかもしれませんが、それ以外はオールマイティーにできます。この点は税理士としての経験が生かせるところです。

 大阪支部の裁判官出身の所長に、「税理士にはスペシャリストとして期待しているのではなく、ゼネラリストとして期待している」と言われたことがあります。国税出身の方はそれぞれの税法のスペシャリストで、個々の税法についてみると税理士より深い知識を持っていると思います。ただ、税法を横断的に理解しているのは税理士なので、その所長の言葉に納得し、今もそれを意識して仕事をしています。複数の税目がからむ事案は多く、そういったものは税理士が得意とする分野だと思います。

――逆に税理士として苦労したことはありますか。

松沼 国税不服審判所における合議体の議決や裁決は、法的三段論法に則って行われます。ですから、国税審判官は、法的三段論法という思考技術、いわゆる法的思考力と呼ばれるものを理解していなければなりません。確かに、税理士は税法という法律の専門家ではありますが、法的思考力というものを理解しているかと問われた場合、特に訓練を受けてきたわけではないので、正直なところ、あまりなじみがない部分ではないでしょうか。このなじみがない法的思考力を理解することが必須でしたから、苦労しました。

佐藤 確かに、税理士は一般的に法的思考をとる訓練を積んでいない点で、少し苦労するかもしれません。私も最初は大変でした。それでも3年目には物事を多角的にとらえることができるようになって、仕事に自信が持てるようになりました。

今坂 争点整理、事実認定、議決書の構成など、判断する立場ならではの事務に従事するに当たり、裁判官、検察官出身の国税審判官との連携は欠かせません。特に、証拠の信用性評価、認定できる事実の抽出、動かし難い事実との対比といった事実認定についての作業は的確か、推認には説得力があるか、立てた仮説はそのとおり検証され得るか、事実認定について導かれた結論は経験則からしても合理的かといった検討に際し、実際的な助言をいただいたほか、論理の点検の場面でも、お力添えをいただきました。

――国税審判官として必要とされる知識や能力については、税務、会計のほか、法的知識が必須でしょうか。

今坂 法的思考力がないと、立論に苦労するばかりでなく隠れた論点に気づけません。

佐藤 ただ、採用段階でそれがなければならないということではなく、入ってからそれを身に付けてほしいと思います。1年もすればだいたい分かってくると思います。

 私も国税審判官になる前は、税理士業務をする中で「要件事実」なんて考えていませんでしたので、最初は苦労しましたが、弁護士出身の国税審判官に教えてもらい助かりました。反対に弁護士の不得意なところはこちらが相談を受けることもありましたので、そうやって補い合えばうまく回る職場だと思います。

佐藤 税理士は、税法特有の考え方や会計知識を既に身に付けていますから、法的思考を身に付けさえすれば、国税審判官という職についてみれば非常に優れていると思います。また、そのことは税法を一から学ぶことと比べれば、それほど難しいことではないと思います。

松沼 一方で、外部登用が始まってから既に7年がたっていますし、将来的には、採用段階で最低限、民事訴訟法の知識などが求められるようになるかもしれません。補佐人業務の充実の観点からも、税理士会にはその分野の研修にも力を入れていただきたいと思います。
また、税理士業務は、申告代理や調査立会が中心だと思いますので、加算税関係はやや苦手とする分野だとは思いますが、審査請求では加算税事案が一定数ありますので、当然かもしれませんが、国税通則法にも精通する必要があります。

今坂 個々の税理士が税法の専門家という自覚を持って、それぞれが研鑚に励む必要がありますね。

従事する中で感じた課題

――国税審判官として従事する中で感じた課題についてお聞かせください。

今坂 国税不服審判所が原処分取消の裁決をする割合は単純計算で10件に1、2件程度ありますので、納税者の正当な権利利益の迅速な救済という役割を一定程度果たしているといえると思います。その反面、「審査請求において棄却の判断がなされた後、訴訟が提起され、一審で原処分取消とされ、そのまま確定している判決が相応にあるということは、重く受け止める必要がある」というのは検察官出身の東京支部所長の指摘ですが、全く同感です。
国税審判官は、的確な事実認定と、その基礎となる的確な争点整理に引き続き努めるとともに、法令解釈に係る争いでは、通達どおりの運用がなされているかどうかを判断するのではないということをよくよく認識しなければなりません。的確な事実認定と法令解釈、そしてその適用があって、公正妥当な判断が導かれます。これらのいずれかが欠けても、馴れ合いで判断を示したとの批判を受けることになりかねず、更には、国税不服審判所の有する、通達に拘束されず自らの解釈により裁決することができるという権能をも没却することにもなりかねないと考えています。

佐藤 事案の本質を理解して、誤りのない事実認定をするように細心の注意を払っています。たとえ請求人の希望する結果とならなくても、納得していただけるような理由が述べられるように努力してきましたが、本当に難しいことで、いつも苦労しています。今後もこの理想を追い続けたいと思っています。

 国税不服審判所の判断は、行政庁の最終的な判断であり、これに対して原処分庁は訴訟を提起することができません。国税審判官としては、そのようなことも踏まえながら、自らの知識や経験に基づいて適正な判断をすることが求められます。税理士は、基本的に納税者の立場に立った判断をしがちですが、国税審判官は、第三者的な立場で客観的に判断をする必要があります。審査請求事案の中で、私個人が税理士として代理人であればと思うような事案でも、当然のことながら、税理士の立場で判断することはできません。国税審判官としての立場と税理士としての立場との見解の調整が私にとっては課題といえるかもしれません。

松沼 林さんと同じで、国税不服審判所の判断は行政庁の最終判断だということを重く受け止めなくてはいけないと思います。だからといって、そのことに引きずられるのではなく、公平・中立な判断をするよう精いっぱい努力すべきと思っています。

佐藤 私も国税不服審判所が原処分を取り消した場合、原処分庁の側から裁判に訴えることができないという、その重みはすごく感じます。それに税理士として税務の現場を知っているだけに、判断に苦慮するような悩ましい事案があったのは事実です。こういう自分の持つ価値観を冷静に分析したうえで、自分の意見をまとめることが課題だと考えてきました。異なる価値観を持つ人たちが集まる国税不服審判所だからこそ、そのような気づきがあったのだと思います。

国税不服申立制度のあり方

――平成26年度税制改正大綱に行政不服審査法の見直しに伴う国税不服申立制度の見直しが記載されました。これは日税連が建議し続けてきたことでもあります。大綱に記載された項目のうち、まず、異議申し立て、改正法では「再調査の請求(仮称)」ですが、これと審査請求との選択制について、ご意見をお聞かせください。

佐藤 国税通則法の改正で手続規定が整備され、処分に対する理由附記が実施されるようになり、争点が明確になりますので、直接、審査請求が出てきても国税不服審判所としては十分対応できると思います。

松沼 執行の現場では、整備された手続規定に則って理由がきちんと書かれるようになると思います。

――不服申立期間が現行2カ月以内から3カ月以内になります。

 検討段階では出訴期間と同じ6カ月にすべきという意見もありましたが、法律関係の早期安定と国民の権利利益の救済という観点から3カ月になったようです。不服申立期間が長ければ、その間、審査請求人は税理士や弁護士などと相談して熟慮できるようになりますし、また、不服申立前置の場合は不服申立期間を徒過して訴訟提起できなくなるリスクも減らせますので、私は6カ月がよいと思います。

――大綱では、審査請求人の処分庁に対する質問等の手続規定を整備するとあり、対審制の導入が示唆されています。

 同席主張説明も対審的な審理構造の一形態なので、今度の改正ではこれを更に発展させるということでしょう。ただ、同席主張説明は、国税審判官が審査請求人と原処分庁からこれまでの主張について同席のうえ説明を求めるもので、当事者間での直接の質疑応答は認められません。当事者間での直接の質疑応答を認めた場合、国税審判官はそれをうまくまとめられるでしょうか。より裁判所に近づくことになり、審理のスピードも落ちると思います。

佐藤 現在の同席主張説明でもそうですが、原処分庁側から出席するのは一担当者にすぎませんから、その場では軽々しく答弁できないという現実問題があります。なぜ同席の場で質疑応答するのか、審査請求人にうまく説明できないと、かえって不満を残すこともあるように思います。

松沼 国税不服審判所の審理手続を考えると、国税審判官に対して双方主張してもらって、国税審判官が判断すればよいと思います。直接言い合っても実りは少ないような気がします。

 審理の透明性を高めるという意味では、同席主張説明には一定の意義があるとは思いますが、本格的な対審制を導入するには多くの課題があると思います。

――証拠開示の対象が国税審判官の職権収集資料にまで広がります。

佐藤 これは判断する側にとっても、今まで出せなかった証拠を提示して求釈明をすることができますので、よい改正だと思います。原処分庁からも閲覧請求できるというのもフェアなことです。

今坂 現行法の下で開示が予定されていない物件について、どこまで開示対象とされるのか、実務の運営を注視していきたいと思います。

退官後の展望

――退官後の展望についてお聞かせください。

今坂 退官後は、この3年間のすばらしい経験を生かすべく活躍したいと思っています。具体的には争訟の代理人・補佐人を務めることになろうかと思われます。税理士を対象としたセミナーや勉強会の開催にも、意欲的に取り組みたいと考えています。

 退官後は従前同様、税理士として働くつもりですが、国税不服審判所での経験を生かして、審査請求の代理人を務める税理士がいれば相談に乗りたいと思いますし、セカンドオピニオンのようなこともできたらと考えています。審査請求の代理人の経験がある税理士は少ないと思いますし、名古屋税理士会で初めて任官しましたので、そういう観点からお役に立てればと思います。

松沼 退官後は普通の税理士に戻るつもりです。一方で、審査請求の仕組み、国税審判官の考え方、裁決書ができるまでの工程などについて、税理士の皆様に何らかの形でフィードバックできたらと思っています。

佐藤 可能ならば法律の勉強を続けながら、国税不服審判所で得た知識と経験を世の中にフィードバックするような活動をしたいと思います。また、今は京都大学大学院法学研究科の博士後期課程に在籍していますので、研究活動も続けていきたいと思っています。

会員に向けて

――全国の会員に向けてメッセージをお願いします。

 税理士業務の中で審査請求の代理人の経験もなかった私が、何とか国税審判官として勉強しながらがんばっています。国税不服審判所での経験はとても得難い貴重な経験です。多くの会員の方に気後れせずに積極的に目指していただきたいと思います。税の専門家といえば税理士なのですから。

今坂 私は、国税不服審判所組織でチームプレーを学びました。国税審判官への応募に躊躇している方もおられるようですが、自分の能力に足りないところがもしあれば、そこは必ずチームの誰かが補ってくれますし、逆もまた然り、ですから、そのような方は、知識と経験の交換の場と思って、任官にチャレンジしてみてはいかがかと思います。
また、税理士には、国税不服審判所や国税審判官に対し、今まで以上に関心を持っていただきたいと思います。審査請求事務のクオリティを高く維持し続けるために必要なものとして、外部の関心に勝るものはありません。税理士は税法の専門家として、国税不服審判所がどのような事実関係に基づきどのような判断を示しているか、原処分はどの程度取り消されているのか、どのような経歴の者が審査請求事件の審理に関与しているのかなど、いわば〝監視システム〟の機能を果たすべくウォッチしていただきたいです。

佐藤 私もそうでしたが、身近に国税審判官に応募した人なんていなくて、人づてに若干の情報を得られたという程度でした。ですから、仕事内容や職場環境などで不安を感じている方がいれば、心配は不要だと伝えてあげたいと思います。若い方を中心に、税理士にもっと多く国税審判官になっていただきたいと思いますし、絶好のキャリアアップになることは間違いありません。お勧めします。ぜひ応募してください。

松沼 さまざま経歴を持つ多くの方と同僚として仕事ができるというのは得難い経験です。その方たちといろいろ話をし、教えていただくことがあります。また、税理士として得てきた知識や経験を間違いなく生かせる場です。そして、国税当局の考え方に内部から触れることができますので、その後の税理士業務にも必ず役立つと思います。積極的に挑戦してください。外部登用の国税審判官50人のうち、最低半分、できれば8割ぐらいは税理士がなっていただきたいです。

――本日はお忙しい中、誠にありがとうございました。

座談会を終えて

今回の座談会では、現職の国税審判官として従事する税理士会員の皆様に、その実情を詳細に語っていただきました。これにより、応募への疑問や不安等が払拭され、国税審判官を目指す会員が一人でも増えることを願ってやみません。
また、国税不服申立制度のあり方についても、現職ならではの鋭いご指摘をいただきました。新しい制度は、平成28年にも適用される見込みであり、日税連では、この指摘を参考に引き続き意見を表明してまいります。
本企画の趣旨にご理解いただき、ご出席いただいた4人の会員の皆様、出席者の派遣を快諾していただいた国税不服審判所並びに各支部に対して、改めて厚くお礼申し上げます。

広報部長 久野完治